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山梨事業所

センター長あいさつ

富士北麓聖ヨハネ支援センター
センター長 米川崇からのご挨拶です。


富士北麓聖ヨハネ支援センター長 米川崇が 毎月センターのお便り『北麓のこだま』に掲載している巻頭言を転載しています。

       キジムナーKids その弐

学生時代「児童福祉論」の授業において、当時その分野の第一人者であった福田垂穂先生は、私たちに「児童福祉にとって一番必要とされるものは何だと思うか」と質問された。そして少し時間をおいて「それは平和である」とおっしゃられた。援助技術か理念的なものなのか、と考えていた私は正直なところ「えっ?」と思った。今ならその意味がよく分かるのだが、当時の私は全くもっての平和ボケであったといえよう。そう、人が人を殺し合う社会に福祉や人権という言葉、考えは吹っ飛んでしまうのだ。
前号でご紹介した図書≪キジムナ―Kids≫には、沖縄の防空壕であるガマの中で「泣き声がアメリカ軍に聞こえてしまう」と兵隊に脅され、泣き泣き赤子の首に手をかける母親、終戦の前日に子ども達を巻き添えにして集団自決をする村人、捕虜収容所においてアメリカの兵隊のおもちゃにされる15歳の少女等が描かれている。児童福祉とは最も遠い、児童に襲い掛かる不幸。そう、福祉の対極にある状態が戦争なのである。福田先生は、自身が戦争を体験されているからこそ、若い(若かった)私たちにそのことを伝えたかったのだろう。当時の授業の内容はとんと覚えていないのだが、この「児童福祉と平和」についてだけは私の脳裏にいつまでも残っている。そして私はこのことを、福祉に携わっている人たちに伝えてゆかなければならないと思っている。何故なら、私たちは弱い立場にある方たちの代弁者であるはずであるし、代弁者でなければないからである。いざ戦争になれば障害者がどんな扱いをされるかはすぐに想像できるだろう。そうさせない為にも私たちは平和というものを真剣に考え、追い求めなければならないのだ。
今年も原爆投下の日、そして敗戦の日がやってくる。あの夏から74年。「忘れてはいけないのだぞ」と8月の熱い日射しが私たちに降り注ぐ。        (センター長 米川崇)