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山梨事業所

センター長あいさつ

富士北麓聖ヨハネ支援センター
センター長 米川崇からのご挨拶です。


今から4年前、富士北麓聖ヨハネ支援センター開所式に次のような挨拶を述べました。(以下は機関紙「かつらがわ」よりの転載です)

40年の時を想う
    ~富士北麓聖ヨハネ支援センター開所にあたり~
1975年5月3日、丸に通の文字の入った黄土色の幌つきトラックが何台も連なって八王子ICから中央高速道路(と当時は言っていた)を西に向かった。目的地は山梨県忍野村。中学生の私はそのトラックの助手席にいた。甲の原学院から富士聖ヨハネ学園に、利用者、そして職員とその家族が生活の場を全て移した日、あの日から40年ほどの歳月が流れた。

 40年前は、今と比べると社会全体として障害者への偏見や差別的扱いが多くあり、当時の職員の方たちは(利用者も同様であるが)随分とご苦労されたはずである。かくいう私も、ヨハネ学園から学校に通う身として随分つらい体験をした。
 一方、地域の方達にも多くの戸惑いがあったはずである。住民の出入りが少ない地域に200人近い知的障害者が大挙して引っ越してきたのだから、恐れや拒絶の感情が沸き起こっても不思議は無い。
 
 あれから40年の歳月が流れた。

 聖書では40という数字が度々登場する。神様はノアに箱舟をつくらせ、家族とひと種類の生き物達を箱舟に入れた後40日間大雨を降らせた。エジプトから逃れたモーセは40日間山にこもって、神様から掟(いわゆるモーセの十戒)をいただいた。そのモーセに連れられたイスラエルの民は、40年に及ぶ流浪の後、約束の地にたどり着いた。新約聖書では、イエス様は宣教を始める前に荒れ野で40日間断食をし、悪魔と問答を繰り広げた。そのイエス様が処刑された後復活し、弟子達の前に現れた期間が40日…。その後弟子たちはイエス様の教えを広め始める。このようなことから、40という数字は「神様が私達を試される期間」「試練をお与えになる期間」「新しいことを始める準備の期間」であると言われている。

 富士聖ヨハネ学園に入所している人達の支援を主として行ってきたヨハネ学園が、今春「富士北麓聖ヨハネ支援センター」を開設し、本格的に地域の方達を迎え入れることになった。40年の歳月の後に…。
 
 私たちはこの40年という数字のもつ意味と、次の旧約聖書のことばを深く心に留めて、今新たな40年のスタートをきりたいと思う。

 「天が下のすべてのことには季節があり、すべてのわざには時がある」(伝道の書3-1)

その様にスタートをきってから4年。この4月には新たに、地域の重症心身障害者を受け入れるグループホームを開所しました。
富士北麓支援事業部では、通所事業所「富士北麓聖ヨハネ支援センター」、グループホーム「聖ヨハネケアービレッジ」、相談支援事業所「さぽーとヨハネ」が有機的に富士北麓地域において展開しつつあります。

 地域の方々の「困ったときにはヨハネさん」という思いに応えるべく
<まっすぐな愛と、くじけそうな夢と、ちっぽけな誇り それだけを抱えて、僕らは向かうべきその場所を 目指していく他はない>(小田和正 グッバイ)
と思っています。

障害福祉部門 富士北麓支援事業部長(富士北麓聖ヨハネ支援センター長)
米川 崇