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山梨事業所

センター長あいさつ

富士北麓聖ヨハネ支援センター
センター長 米川崇からのご挨拶です。


富士北麓聖ヨハネ支援センター長 米川崇が 毎月センターのお便り『北麓のこだま』に掲載している巻頭言を転載しています。

        We protect all life

 11月25日(月)ローマ教皇様によるミサに参列するため東京ドームに行ってきた。今回の教皇様の来日のテーマは“Protect all life”(すべてのいのちを守るため)であった。現フランシスコ教皇様はこれまでの歩みの中でも常に弱い立場の人、虐げられている人達と共にいらっしゃった方だ。そして命が一番粗末に扱われてしまう戦争、核兵器にはハッキリと“NO!”の意思表示を行っている。
 ミサの参列者は日本人と外国人が半数程度ではなかったか。それだけ今の日本には外国から働きに来ている方、生活している方が多いということだ。ミサの祈りや聖歌も、英語、ベトナム語、韓国語、タガログ語、スペイン語を交えて行われた。≪人種や国籍・文化が異なっていても、私たちは神様から命を授かった兄弟なのだ≫ということを強く意識する。教皇様はミサのお説教で私たちにこう語りかけた。「(目前にあるいのちが)完全でもなく、純粋でも洗練されていなくても、愛をかけるに値しないと思ったとしても、まるごとすべてを受け入れるのです。障害を持つ人や弱い人は、愛するに値しないのですか。よそから来た人、間違いを犯した人、牢にいる人は、愛するに値しないのですか。イエスは、思い皮膚病の人、目の見えない人、からだの不自由な人を抱きしめました。罪人をその腕で包んでくださいました。十字架にかけられた盗人すらも腕に抱き、ご自分を十字架刑にした人々さえもゆるされたのです。」【カトリック中央協議会HPに全文掲載】教皇様の説教に涙が頬を伝う。こんなことは初めての経験だ。(目前にあるいのち)を(自らのいのち)に置き換えてみる。完全には程遠く、汚れ傷ついている自分のいのちを あるがままに受け入れることと、他者のいのちを受けいれることは実は同じ働きなのだろう、そんなことを観想する。
 クリスマスが近づいてきている。イエス様は神の子でありながら、周囲が守ってくれなければそのいのちを終えてしまう赤子でこの世に現れた。このクリスマスが“いのち”について思いを巡らす機会となりますように。
(センター長 米川崇)